2026年3月19日木曜日

苦しいのになぜ登る(山があるから?)パート2

昨年9月11日にアップしたこのブログは多く

のファン?の方の反響を呼びました。

おそらく過去最高のカウントでした。


書いた小生が自我持参するほど内容がリアル

です。世の中の皆さんは何かしら苦しんでい

る事、嫌な事を抱えているのではないでしょ

うか?

それを克服してこそ明るい未来が待っている

し、つかめるのです。途中で投げだしたい気持

ちの方が強いと明るい未来はないのかも・・。


上を見てもしょうがない、下を見てもしょうが

ない、今の自分が置かれている立場で「一所懸

命」克服や努力をすることが明日につながると

信じて!!!。


危険や苦しいのに。


登山が高齢者にも普及しているそうだ。

低山なら簡単に登れて絶景をたのしみに・・。

ここまでは一般的な考え。


ある程度の高さの山になると苦しいだけだと思

うのは小生だけだろうか?。

なんの目的で登山をするのだろう?といつも考

える。

敢えて苦しい事にチャレンジをしてその達成感

を味わいたいのだとか、その先には絶景が待っ

ているのだとか、目的は皆さんそれぞれ違うだ

ろうが。


小生は苦しい事はもうしない。

散々苦しんできた人生だからだ。

20代前半で起業を志し、子供二人を抱えやりた

くもない重労働の仕事に就いた。起業資金を貯

めるためにだ。

起業資金を用意するために8年間頑張った。

それも約1年で倒産。


「捲土重来」を掲げ、負債を返済に心も身体も

砕いた。数年後また起業し、仕事を取ることに

専念。毎日心が曇りか雨の日が数年間続く。

その数年後やっと軌道に乗り出したが、顧客の

威圧的な言葉に平身低頭笑ってやり過ごす

繁忙期には人が足りなく夜中に何度夢見て起き

たか数え切れない


毎日が曇りや雨の連続でたまに大雨。

それが約25年ほど続いた。今でも苦しい時の事

を夢見る。

散々苦しい思いをして、この10年程仕事は「安

寧」で過ごせている。4年前に代表を親族に譲っ

たからだ。


だから・・。

敢えて苦しい山登りはしないのだ。

今の心の天気?

晴天7割、晴れ2割、曇り1割です。雨?年に数

回です。(笑)


【人の一生は重荷を背負うて遠き道を行くが如し】

徳川家康公の遺訓です。


   「地域社会への貢献と共生」

  総合ビル管理・清掃・遺品整理

株式会社ワイエス 取締役会長 芳山 豊


報連相とは(簡単そうで難しい?)

「あれどうなっているの?!」


「見積書はまだですか?」

「報告書がまだ来ていないのですが?」


このケースは相手(上司や顧客)から頼まれて

いた仕事を期日を過ぎても報告や提出をしなか

った例です。上司や顧客から催促される前に遅

れる理由や途中経過(進行状況)を伝える。

これは報告・連絡・相談、「報連相」報告です。


頼んだ物を待っている相手は状況が分からないの

で、忘れられたのかと不安になったり、余計な心

配をかける事になります。

特に顧客に対してはこのような事をしてはいけま

せん。信用問題に関わります。


小生がサラリーマン時代には上司に毎日のように

口酸っぱく言われたものです。

当時は厳しいな、解っているよなんて思ったこと

があったが、今となっては良い教育をしてくれた

と感謝している。

あの上司は今頃どんな余生を送っているのだろう?

90歳は優に過ぎているが。


これをきちんとこなしていれば【浅みに鯉】だ。


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株式会社ワイエス 取締役会長 芳山 豊


2026年3月17日火曜日

欲を捨てると(朗報が舞い込む?)

起業して15年が経とうとした頃。


1年間で二度病に倒れた。

大病とまではいかなかったが、その後1年間ほ

ど仕事は午前中に切り上げて午後は自宅静養。

病の原因は今までの心労がたたったのだろう。


会社はそこそこに順調に推移していたので悔し

い思いが先だった。

しかし、2週間ほどの入院で悟った?事が二つ

あった。

一つ目は「命をもらった」。二つ目は「我欲は

てよう」だった。


その後事業は山あり谷ありだったが、社会貢献は

必要な事だと悟ったのだ。

何事も周りの人がいて自分や会社がある事をつく

づく感じた。あれから25年が経とうとしている。


今?、身体のあちこにガタはきているが、週4日程

仕事ができる事に感謝だ!!。

友人の男性、女性?にも恵まれている。


この世は【欲の娑婆(しゃば)だ。


   「地域社会への貢献と共生」

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株式会社ワイエス 取締役会長 芳山 豊


商売も日進月歩だ(時代の流れを読む)

 生き残るためには。


どんな業種も商売も継続していく事を目標にし

ている。

若い層は車を持たない人が増えているらしい。

と、いう事は店の業態も変わるというより、変え

ていかなければいけないだろう。


デニーズ、銚子丸などは早々と、郊外店より路面

店や、商業施設へ出店しているという。

車で目的地に行く場合は、「途中で食事をしていこ

う」から、車を使わないケースでは、「向こうで

(目的地で)食事をしよう」に変わってきているの

だという。

時代の流れをつかみ、変化についていく「知恵」

欠かせない。


経営には【先見の明】が必要だ。


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株式会社ワイエス 取締役会長 芳山 豊

2026年3月12日木曜日

すいとんが・・・(食べ飽きた)

「母ちゃん今日の晩ご飯何?!」。


「すいとんだよ!!」「えーッ?!」。

こんなやり取りをしたのは一回目の東京オリン

ピックの何年か前の事だ。

お腹を空かして遊びから帰ってきた少年と母と

のやり取りだ。


男の子4人を育てるのに両親は必死に働いた。

しかし、働けど働けど・・・。だった。


うどん粉を握って鍋に、ちぎっては鍋に、醤油

味の汁にポイ!ポイ!と。

野菜は白菜位か。食べ盛りの少年にはもの足り

なさが残る夕飯だ。

月に何回かそのような晩ご飯だった。


ハングリーはその頃に生まれたのかも。


やがて結婚して子供ができ、妻が「すいとん」

を作るが食べない。2人の子供は大喜びで食べ

ていた。粉も具もすべて違うのだ、昔とは。

やっと食べられたのは30歳を過ぎた頃だったか。

あの旨くなかった「すいとん」が旨い。昔と打

って変わっていた。主食が副食に変わった。

酒のつまみにも旨い。


【鯉の滝登り】になると誓ったかも。


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技術の前に「人」だ(礼儀正しい学生)

交通量の多いバイパスでの事。


遠くに見えた横断歩道の左側に 、一人の男性が

渡ろうと車の切れるのを待っていた。

スムーズに車が流れている時にはなかなか停ま

りにくい。が、横断歩道の手前では人が渡りそ

うなときには速度を10km程にすると道交法で

決まっている。


小生が停まり対向車線のトラックも停まった。

するとその男性は小生に深々と頭を下げ、渡り

切ったところで左反転しトラックの運転手にも

ペコリ。


何と礼儀正しい青年だろうと感じた。

とてもすがすがしい気持ちになった。

助手席にいた妻も「今時の若い人には珍しいね」

と称賛していた。


その男性とは、山村学園高校野球部の生徒だ。

学校からグランドに行くにはそのバイパスを渡ら

なければならない。

何度かこのような光景に出会っている。


野球の技術を磨くことも大切だが、その前に「人」

としての倫理観が大切だ。

いづれ社会に出ればこれが優先する。

指導している監督始め周辺の大人たちは立派だ。


昨年の夏の県大会では準決勝まで進んだ。

今年は是非甲子園に!!!。


【桂馬の高上がり】のような高校もあるが、この

学校は人間教育も立派だ。


   「地域社会への貢献と共生」

  総合ビル管理・清掃・遺品整理

株式会社ワイエス 取締役会長 芳山 豊




2026年3月11日水曜日

東日本大震災(あれから15年が経った)

2011年3月11日。合掌


東日本大震災がおきた。

死者、行方不明者22,332人。大きな災害だった。


一生忘れることのできない事実を背負っている

人達がたくさんいる。

肉親、知人、周りの人たちが亡くなった。

重い重い、思いを背負いながら生きて行かなけ

ればならない。辛い事だ。


【天災は忘れた頃にやってくる】だ。

日頃から備えよう。


   「地域社会への貢献と共生」

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苦しいのになぜ登る(山があるから?)パート2

昨年9月11日にアップしたこのブログは多く のファン?の方の反響を呼びました。 おそらく過去最高のカウントでした。 書いた小生が自我持参するほど内容がリアル です。世の中の皆さんは何かしら苦しんでい る事、嫌な事を抱えているのではないでしょ うか? それを克服してこそ明るい未来が...