2020年5月26日火曜日

当たり前のありがたさ

何事もなく毎日が平常心で過ごせることの大切さ

あたり前がなんと幸せなことか。あたり前でなくなってからあたり前の大切さが分かる


ここ数か月「コロナ禍」と言う活字が目に入る

禍(わざわい)」は「舌禍」など、主に「人為的ミスなどにより発生した凶事」に使われる
ようです。新型コロナウイルスに由来する凶事に「禍」の字があてられるのは、
「これ以上感染を広げない」という重要ポイントが、個々人の行動にかかっている…
という点にあるでしょう。

とあります


人為的なミス及びこれ以上感染を広げないと言う、人が大きくかかわっている事を

意味するらしい

誰がどうミスしたのかと言う問題ではなく、いかに感染拡大させないか!!

が、重要なことだ


自粛生活の最中は不自由に感じたろうし、不要不急以外の行動は制限された

コロナ禍の前は自分の思った行動をいくらでも制約されなくできたものだ

しかし、自粛要請が出た時から当たり前が変わったのだ

毎日が自粛の中で、今までの自由の当たり前がなんとありがたかったのか

自由に行動できた事それが当たり前なのだ。当たり前のありがたさを充分実感しよう

まだまだ、見えないウィルス、どこに潜んでいるのか分からないウィルスとの闘いは

終わりが見えない


「不自由さ]を感じてしばらく行動をしていこう


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